「どうなりたいか考えよう」の限界

「どうなりたいか考えよう」という考え方は有用だ。目標を定め、現状とのギャップを認識し、ギャップを埋めるための合理的方策を考える。今まさに問題に直面しているなら、この枠組みは大いに役に立つだろう。また、どうなりたいか考えることで、「問題だと思っていたが、実は問題でもなかった」ことに気づくかもしれない。

一方で、この考え方には限界もある。それは長期的視点の欠如だ。例えば、アメリカ移住のまたとないチャンスが巡ってきたとする。あなたはこれまでアメリカ移住について考えたこともなかった。しかし、これはとても魅力的な機会で、これを逃すと一生巡り会えないかもしれないので、できることならこのチャンスを生かしたいと思っている。問題は、今のあなたの英語力は低く、またその状態で渡米する度胸もないことだ。さてどうするか。怖い怖いと震えながらギュッと目を瞑って受諾ボタンを押すか。それとも、残念ながら今回は諦めるだろうか。

あなたの答えがどちらでも構わない。問題の本質は、これまで英語力を磨いてこなかったことにある。むろん今更そんなことを言っても間に合わない。そんなことは百も承知だし、現実にこういった局面に直面すれば、現状可能な最善手を選ぶしかないだろう。しかし、英語力は多種多様な局面で生きるスキルだ。磨いておけばいつかどこかで役立つ可能性が大いにあるはずだ。そういったことを十分に認識せず、これまで英語力の向上を怠ってきたことが真の原因だ。言い方を変えれば、「たとえ今すぐ英語力が役立たなくても、将来的に生きる機会がやってくる可能性は高いので、今のうちに勉強しておけ」だ。そうすれば、将来渡米のまたとないチャンスがやってきた時に有効活用できるのだ。そもそもチャンスも巡ってきやすくなるだろう。

以上の議論は英語力に限らず、「汎用的なスキル」全般に当てはまる。たとえ現状に問題がなかったとしても、将来必要となるかもしれない能力は今のうちに伸ばすのだ。そうすればチャンスが巡ってきやすくなり、また、巡ってきた際に心おきなくチャレンジできる(そもそもチャレンジですらなくなっているかもしれない)。参考までに、汎用的なスキルの例を示しておこう。偏りが極めて強いことはご容赦いただきたい。

 

・英語力

・プログラミング力

・数学力

・論理的思考力

・読解力

・段取り力

・スケジューリング力

・想像力

・傾聴力

ファシリテーション

・対応力

・発信力

 

以上の考え方は「どうなりたいか考えよう」からは出てこない。「どうなりたいか考えよう」は目的から始める一方、「汎用的なスキルを磨こう」は手段から始めているからだ。「どうなりたいか考えよう」という考え方は大事だが、それが全てだと思ってはいけない。汎用的な道具を磨けば人生の可能性が広がり、今の自分には思いつきもしないような世界に辿り着けるのだ。

 

最後に、2点注釈を付しておく。

  • 目的を意識することの重要性は否定しない、というかめちゃくちゃ重要である。ただ、人生には収束フェーズと発散フェーズがあり、目的ドリブンの思考は収束フェーズ向きである。発散フェーズではまた違った方法論が必要となるのだ。
  • 「今すぐ役に立たなくてもとりあえず能力を伸ばしておけ」と言っても、汎用的でない能力を伸ばしても効果は限定的だ(トートロジーだが)。話者人口の少ない言語を学んでも、それを活かせる機会は限られるだろう。むろん、それ自体が楽しい場合はそれで構わない。